20年以上、放置してきた思い出があった。
実家を出て一人暮らしを始めたのは20代前半。慌ただしく出ていったから、必要なものだけ持って、実家にはいろいろ残したままだった。
母からは「残ってるもの、片付けなさいよ」と定期的に言われていた。でも時間の経過とともに、それも言われなくなった。いつの間にか勝手に物を移動され、もしかしたら捨てられたものもあったかもしれない。もうその判別すらつかない。それくらい放置していた。
衣装ケース3つ分
ベッド下に、衣装ケースが3つあった。私の思い出が詰め込まれたままの状態で。
中身は、カセットテープ、小学校時代のプロフィール帳、交換日記、友達との手紙や年賀状、専門学校時代の手帳や手紙、アルバム、ネガ、アルバムにすら入れられていない写真たち、卒業証書。
捨てられずにいた、細々とした思い出がたくさん詰まっていた。
さすがに今の歳を考えると、これらを取っておく気にはならなかった。仮に何か残したとして、それが私が死んだときに残るものだと考えると、恥ずかしくてしょうがないものばかりだ。
思い出として記憶に少しだけ入れておくのが適正で、物として残しておく必要はない。そう断言してよいものばかりだった。
今更振り返って、これから先の人生でこれらの思い出を取っておくなんて。それはないなと思った。
プロフィール帳と、手紙の量
一応、中身をざっと見ながら捨てることにした。これがなかなか面白くて、声に出して笑いながら捨てた。
一番面白かったのは、小学校卒業のときにクラスメイトに書いてもらったプロフィール帳。卒業だから、私へ向けてのメッセージも書いてあって、なかなか面白かった。当時流行っていたスラムダンクのイラストが描いてあったり、ボケをかましてる人がいたり。個性豊かで面白かった。
当時、プロフィール帳が大流行していたから、私も書いて渡しているはずだ。変なボケをかましてないか心配になった。
自分でもびっくりしたのは、手紙の量の多さだ。中学生の時の手紙が半端なかった。ほぼ恋愛の話で、まぁなんて中学生らしい。よくこんなに書いたなあと懐かしくなった。ときめき青春時代である。
これらの手紙は、懐かしいけど、恥ずかしい方が勝っている。ビリビリに破いて捨てた。私が生きているうちに、自分の手で処分できてよかった。これを読んでハッとした方は、いますぐ処分した方がいい。
高校時代だけ、何も感じなかった
高校時代は、思い出が全然ない。仲の良かった友達は何人かいたはずだが、3年間の記憶がまるでない。
当時流行っていた「トイカメラ」で撮った、教室や廊下の写真がたくさん出てきた。結構な枚数があったが、今見たところで、全然エモくなかった。
高校生の時の手帳も1冊出てきた。中身を見たら、予定がバイトばっかりで笑った。夏休みにかなりバイトしていて、初めて10万円を超えたのは今でも覚えている。かなりハードな夏休みだった。バイト先の思い出の方が、よっぽどある。
学校の卒業アルバムと卒業証書も出てきた。卒業アルバムほど恥ずかしいものはない。なぜあの個別写真は、みんな表情が変なんだろうか。
小学校・中学校の2冊のアルバムは、楽しみながらページをめくった。でも高校の卒業アルバムだけは、他人のアルバムを見ているみたいだった。これ私の高校のアルバムか?
私は高校生の時、何をしていたんだろう。この落差よ。
簡単に、捨てられた
ベッド下にあった思い出たちは、思っていたより簡単に捨てられた。
こんなことなら、もっと早くやればよかったのかもしれない。でも今の歳になったからこそ、何の迷いもなく捨てられたのだとも思う。思い出を残しておきたいという気持ちより、恥ずかしさと、こんなものを残しておいてはいけないという焦りの方が勝った。
ほぼ全部捨てられて、かなり気持ちがスッキリした。
しばらく経ったら、あれは取っておけばよかったなあという気持ちになるんだろうか。
現時点では、捨てられた清々しさの方が勝っていて、思い出すことすらなさそうだ。
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